逃がした魚は大きい
(にがしたさかなはおおきい)
一度手に入れかけたものを失ったときに、
実際よりも惜しく思われることを意味する
日本のことわざ。
失ったものは
大きく感じられる様子を表している。
「プロスペクト理論」とか言うのですが、
人は、得をしたいという気持ちより、
損をしたくない方が強く感じるらしいです。
いいとか悪いとかではなくて
そういうものだと頭に入れておいた方が
なにかの折には、判断を誤らないで済むでしょう。
もっとも、あくまで一般的な話であって、
例えば勝負ごとなんかでも
「なにがなんでも勝ちたい!」という人もいれば
「負けたくない!」という人だっています。
むしろ負けたくない人の方が
相手さえいなければ負けることはないからと
そら恐ろしい策略を巡らせたりして
怖いというか、始末が悪かったりします。
私は”負けたくない”派に分類されるでしょうが、
さらにいうなら”勝ちたくもない”変種です。
一等賞を目指して、みんなで必死になっているのが
ある時期から滑稽に見えてしまって
勝負ごとや賭け事に入り込めなくなりました。
だからと言って、みんなで手をつないでゴールみたいな
いかにも大人ウケを狙うのも姑息な気がして
こそこそと逃げ出すことにしています。