無何有郷
読み方:むかゆう(の)きょう
人為的な作為が一切ない、
ありのままの自然な理想郷を意味する。
何もないからこそ自由な、
煩わしいことのない場所を指す、
無為自然な世界観を表す言葉。
出典:『荘子』「逍遥遊」
人為的なものが
諸悪の根源みたいな言われようですね。
たしかに、石垣島で暮らした後
いきなり新宿歌舞伎町に戻ったとしたら
めまいを覚えるかも知れませんけど、
元はと言えば、暮らしよくするための
人為だったはずなんですけどね。
どこで間違えちゃったのでしょう?
一つには
儲けるためには、不本意なことの上に
不本意が重なっていることは確かでしょう。
自分なら御免こうむりたくても
お金を払う人がいるから仕方なく、、、なんて
好い方向に向かうわけないですね。
ただ、物事を知るというのは
何かを定義して、名前を付けて区別して、
言ってみれば”レッテル”を貼る一面もあって、
誰かが言ってましたけど
「私は電気屋です」と言ったら
「私は医者ではありません」という意味もあって、
何かをはっきりさせるたびに
可能性を狭めていく側面もあるわけです。
だから、知識が増えて便利になるほど
息苦しくなるのも自然の理かも知れませんね。
理想郷を求めてさすらうのではなく
今いるところで理想郷を実現することこそ
我々のすべきことかな?と思います。
