編曲の魔術

猫でない証拠に竹を描いておき
読み方:ねこでないしょうこにたけをかいておき
下手な絵をあざ笑う江戸時代の川柳。
江戸時代、日本には本物の野生の虎がいなかったため、
絵師たちは毛皮や伝聞、あるいは猫などをモデルに
想像で虎を描くしかなかった。
そのため、よく見ると
「猫にしか見えない可愛い虎」描かれることがあり、
それをからかった皮肉として
この川柳が生まれた。

だから何だ?という気もしますが、
深読みするなら、単独では出せないものに
説明とか、権威付けの”おまけ”を加えることは
普通にあることですね。

私の嫌いな
装飾だらけの表や文章なんかも
内容が空疎な分、せいぜい飾りをつけて
形を整えているつもりなのでしょうし、
記念式典などで、微かに関係がかすっている人が
誰も聴いていないようなスピーチをするのも
式典自体の権威付けなのでしょう。

だから、演出家がそれをするのは
見事に自分の役目を全うしていると言えます。
でも、作者自身がそれを始めるなら
それは職務怠慢でしょう。
メロディーが貧弱な分、アレンジで補った曲など
BGMとしては成り立っても、
コンサートで聴きたいとは思いませんよね。

猫にしか見えなかったなら
竹などで胡麻化さずに
「可愛い虎」というタイトルにしましょうね。
それはそれで”逃げ”の一種ですかね^^;?