チャップリンの如く

滄海の一粟
読み方:そうかいのいちぞく
非常に広大で果てしない海に浮かぶ、
たった一粒の粟(あわ)のこと。
広大な宇宙や自然のスケールに対して、
人間の存在が非常に小さく、
はかないことの例えとして使われる。
出典:蘇軾「前赤壁賦」

音だけ聴くと
総会屋の一族みたいで物騒ですけど、
意味は正反対に謙虚なものでした。

何かで悩んでいるとき
たいていは対象をクローズアップして
もの凄く大きなものに観ています。
そのことで、世界が埋まっている感じです。

心理療法なんかだと
だんだんカメラの位置を下げていって
遠景で見るように誘導します。
そのうえで、カラー映像だったのを
モノクロに変えてみたり、
ひょうきんなBGMを流してみたり、
早送りやコマ送りにしたりして
深刻とは程遠い映画にしてしまうんです。

なかでも重要なポイントが
対象を小さなものに変えていく部分で、
これだけで、視線が客観的になって
色んなものが見えてくるんです。

海に浮かぶ粟粒、、、
なかなか使えそうな空想ですね^^